asaの足あと

何気ない暮らしと、その中で、日々こぼれ落ちるささやかな幸せと小さな痛みをそっと静かに残すように、このブログをしたためています。

特性を受け入れ合う

あなたは自分の言動がひどく冷たくて無神経で思いやりの欠片もないこと、本当に分かってないの?

と、たたみかけるように放った私の暴言に、夫は「わかってるよ、そういう特性をもってること」とこたえ、私は喉元まで湧き上がっていた次の暴言を飲み込んだ。

「それが俺のパーソナリティ。仕方ない」と夫は続けて言い放ち、苛立たしげに何杯目かのウィスキーを注いだ。

 

互いに声を荒げて罵りあった数日前のこと。

 

なるほど、夫はその特性を抱えて生きてきたのか。と、腑に落ちる。つまりは自覚があったのね。と、納得もする。

 

一見感じのいい夫は、親戚たちの前でそうであるように、おそらく会社でも、今いる友人たちの前でも、外の世界ではその特性をあらわにしない。多くの人が彼を善い人だと言い、優しい旦那さんやね、とも言われる。外にでても見るからに威張りたおしている私は、歯がゆく、もどかしく、ひどく孤独な悪人みたいな気分になる。

 

私にもおかしな特性がある。それはずいぶんと厄介で、子どもの頃から大人になってまで、ながいあいだ、私は私を投げ出したかった。

夫は自分の特性をすんなり受け入れてきたのだろうか。私のように投げ出したくなったこともあったのだろうか。ひょっとするとあったから外の世界ではあらわにしない術を努力で培ってきたのかもしれない。

 

私と夫は噛みあっていない。きっとこの先も噛み合うことはないのだと思う。密接した暮らしのなかで互いの特性を受け入れ合うには、私たちはあまりにも身勝手すぎる。

 

私の夫への怒りはもはや意地にすりかわり、あれから夫と口をきいていない。必要なことは娘経由で伝える。よくあることなので、娘はやれやれと苦笑いしながら通訳をやってのける。

 

土曜日の午後、私の胃袋は荒れているけど、娘への感謝の気持ちをこめて、ドーナツをつくった。適当に成型していると、娘から「穴を大きくしないと、また穴なしになっちゃうよ」と注意された。はいはい、と穴をひろげる。

 

不格好にしかつくれないのもまた、私の特性。
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揚げたてを3人で囲んだ。

 

噛み合うことのない夫と私も、同じものを噛みしめているうちに、互いの特性を受け入れられるときがくるかもしれない。いつか。