asaの足あと

何気ない暮らしと、その中で、日々こぼれ落ちるささやかな幸せと小さな痛みをそっと静かに残すように、このブログをしたためています。

眠りをとりもどす

毎日おなじようなことを

もやもや、ぐるぐる、考えている。

どれだけ考えても

行き着くところはいつも一緒で、

あぁ、私ってなんて無能で無力なんだ……

と、落胆する。

 

それは悩んでいるようでいて、

ちょっと違う。

やっぱり考えているのだ。

無能なら無能なりに

無力なら無力なりに

なにかできることはないだろうか、と。

 

だから、落胆してもまた舞い戻り、

ぐるぐるぐるぐる考える。

 

 

引っ越してきてから、

私は1度も新しい職場に行っていない。

娘はまだ1度しか新しい学校に行っていない。

かつて平日は朝から夜まで

はなればなれだった娘と、

今は、四六時中一緒にいる暮らし。

だらしなく、傲慢になってゆく娘に

毎日のように苛立ち、怒り狂う。

だけど、そこには焦りがなく、

どうしようもなく贅沢なのだ。

 

コロナで世界中が混乱し、

たくさんの不幸が多くの人を苦しめている。

テレビから流れてくるニュースに

手を止め、息をのむ。

少しの外出にぴりぴりする。

 

コロナよ消えて。

強く強く思う。

 

そんななか……。

 

皮肉なことに、

この自粛生活のあいだに

私は眠れるようになった。

 

コロナで世が騒然とする前、

まだ世の中が平和で安全にみえていた頃。

私はいつもあくせくしていた。

通勤電車の中ではいつも気分がわるく

ぐったりしているのに

なぜかまるで義務のように

スマホをスクロールしていた。

帰宅後はどたばたと乱暴に鍋に火をかけ、

レンジをチンチンし、

作り置きをテーブルに並べ、

大盛りのごはんを飲むようにたいらげ、

娘に早く食べ終えるよう急かしていた。

家の中を常に小走りし、

ついてくる娘の宿題の音読も計算カードも

てきとうにききながしていた。

何をあんなにあせっていたのか。

残業をしていたわけでも

丁寧な家事をしていたわけでもなく、

ましてや育児などしていないも同然なのに、

毎日くたくたになって

ベッドにたおれこむ。

 

なのに、上手く眠れないのだった。

必ず夜中に目を覚ます。

早朝、眠ることをあきらめて、

のそのそと起き上がる。

 

ぐっすり眠れないことは、

私をひどく蝕んだ。

体はいつもだるく、

平日に職場にむかう足どりも

休日にスーパーや公園にむかう足どりも

たいてい重かった。

 

眠れたら、眠れたら、眠れたら……

眠りたい、眠りたい、眠りたい……

数年間、上手に眠れる日々を追い求めていた。

 

 

今は、ちっとも体力をつかっていないというのに、

夜ずいぶん早い時間に眠くなり、

すーっと眠りにつく。

そして朝までぐっすり眠りつづける。

あくまで今は仮の生活なのだ、

自粛前の習慣をくずすわけにはいかない

と、目覚ましの設定は変わらず4時のまま。

毎朝4時にぶるぶると振動するそれを

私はすいっと止め、

再び眠りにつく。

 

本当によく眠っている。

 

6月から娘の小学校が再開する。

分散登校でまだ毎日ではないのだけど。

 

少しずつ、私たちは

通常だった暮らしを取り戻していく。

 

取り戻したその先で、

もう見失いたくないものがある。