asaの足あと

何気ない暮らしと、その中で、日々こぼれ落ちるささやかな幸せと小さな痛みをそっと静かに残すように、このブログをしたためています。

新幹線のなかで訃報をうける

5日前、急遽有休をとり

娘とふたり新幹線にとびのり駆けつけた

うちから片道5時間だった

義父の入院する病院。

息苦しげな義父の目は宙をさまよい、

もはや義母のことも

私と娘のことも

とらえていないように見えた。

病室に入るまではずみ足だった娘は、

困ったように強張った笑みをうかべながら

義父の横たわるベッドから距離をとった。

 

義母の呼びかけに反応をしない義父に、

私は大きな声で呼びかけた。

「おとうさん、もうすぐこの子、

 2年生になりますよ」

と言ったとき、

義父はその日はじめて

口もとをほころばせ、

ううっとうなるように返事をした。

壁にくっついていた娘が

「あっ」と小さな歓声をもらすのが

きこえた。

 

「痛みがない奇跡の癌だと先生は言うのよ、

 それが救いだと思って」

と病室をでてカフェに移動してから、

義母は涙ぐんだ。

そのすぐあとには

同居する義父の母について

いつもの調子で毒づいて笑った。

「おばあちゃんあと2年で100歳なのに

 このあいだ手術して

 すぐさまピンピンしてるのよ、

 私ゃ目をうたがったわよ」

と言うので、

「いやいや目に浮かびますよ」

と返すと、

義母は文字どおりげらげらと笑った。

 

 

夫の転勤のため、

昨日から今日にかけて引っ越しをしている。

昨日の昼過ぎに搬出がおわり、

新幹線に乗り込んだ。

スマホをみて、とじて、

うとうとしかけたころ、

夫の携帯に訃報がはいった。

義父が亡くなった。

 

今日の昼過ぎに搬入が終わってから、

家族でかけつける。

前日までは片道5時間だった道のりが、

新幹線から飛行機に変えても

さらに長く、遠くなった。

 

お義父さんはもっともっと

果てしなく遠くなった。

 

まだ空っぽの新居の近くのビジネスホテルで

0時をまわっても1時をすぎても

なかなか眠れずにいた娘と、

夫のいびきをききながら、

漫画をよんだり、じゃれついたりしたあと、

おなかすいてきたね、

と、朝ごはんに思いを馳せた。

やがて娘が眠りについたあとも

どうにも眠れずにいる。

 

 

「じぃじ、ママが話しかけたとき笑ってんで」

5日前の夜、娘は夫に

なぜか誇らしげに報告していた。

そう、確かにお義父さんはあのとき、

嬉しそうに笑ったのだった。