asaの足あと

何気ない暮らしと、その中で、日々こぼれ落ちるささやかな幸せと小さな痛みをそっと静かに残すように、このブログをしたためています。

耳を澄まし、盗みぎく

夫が不在だった週末、

バスといくつかの電車を乗り継いで、

母が泊まりにきた。

 

遠すぎはしない距離が、

お盆と年末年始には必ず新幹線で帰省し

何日も滞在する義実家より、

逆に、いくらか私たちを疎遠にする。

年間で母と過ごす時間は、

義父母と過ごす時間よりたぶん格段に少ない。

 

娘は1泊2日のあいだ、

ずっとずっと母の横にくっついていた。

遊ぼ遊ぼと母の腕をひっぱり、

母と絵を書き、本を読み、折り紙をひろげ、

母の手を引っぱって文具店ですみっコぐらしを物色し、

私と母が会話をしようものなら

ちょっときいてよと怒り出し、

母と横並びでごはんを食べ、

母がフィギュアスケートに見入る横で

こっちも見てよとくるくる回ってみせ、

母と一緒にお風呂にはいって、

母とくっついて夜遅く眠りについた娘。

 

母は、さぞかし疲れたと思う。

 

朝、洗面所に母と娘はこもり、

歯をみがいていた。

私は、その前の通路を棕櫚箒ではいていた。

扉越しに、ふたりの声がきこえる。

どんな会話をしていたのか、ふいに、

娘が「さびしい?」と母にたずねたと思う。

私は思わず手をとめて、

箒をにぎりしめたまま、耳をかたむけた。

 

さびしい?

今の暮らし、さびしくない?

 

ずっと私が知りたかったこと。

私がきいても母は、

ぜんぜん、と流すだろう。

それは本音であり、本音ではない、

と私は受け取る。

そうこの人はむかしから

心のうちを私にみせてはくれなかった

と、私の方が淋しくなるのだ。

だから口に出さない。

 

それを娘は、

いともかんたんに

あっけらかんと投げかけた。

 

箒をにぎり、息をころす。

耳を澄ます。

 

「さびしくない、たのしいよ」

母もまた、あっけらかんとこたえた。

 

「なにがたのしい?」

と娘がつづけ、

「本よんだり、おでかけしたりー」

と母がこたえるのをききとどけ、

私は再び床をはきはじめた。

 

棕櫚箒はしっくりと私の手になじみ、心地よい。

 

ときどき私は、

母が失ったであろう大切なひと、

母が自ら距離をおき疎遠になった

だけどかつて確かに私たち親子を支えてくれた

母の友人たちに、思いを馳せる。

 

どうすることもできなかった現実や、

どうすることもできたいくつもの選択が、

今の母の暮らしをつくりあげた。

 

母は今、むかしから反りの合わなかったという

祖母(母の母)とふたりで暮らしている。

「とにかく合わないねん、

 むかしから合わないねん、

 子どもの頃からあの人はああやってん」

むかしから何度もきいた母の祖母への苛立ち。

人の悪口を言わないことだけが取り柄の母が、

祖母のことを話すときだけ

顔をひどくしかめる。

 

今回も

「おばあちゃん、げんき?」

ときくと、

「あいかわらずやわ」

と、やっぱりしかめていた。

「ずっと食べてる。とにかくよく食べるわ。

 隠れてお菓子もたべてる。

 なのにいつも食欲がないってぼやいてる」

おばあちゃん、元気そうでなによりだ。

 

一泊分の荷物を抱えて

また電車を乗り継いで帰って行く母に、

凸凹くるみパンと手抜きの白和えと

特価の鶏胸肉でつくったトマト煮と

冷凍庫にいれてあった不格好な栗ご飯を

むりやり包んでもたせた。


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帰り道さぞかし邪魔だっただろう、

迷惑だったろうなぁ、

と思う^^