asaの足あと

何気ない暮らしと、その中で、日々こぼれ落ちるささやかな幸せと小さな痛みをそっと静かに残すように、このブログをしたためています。

義母に惨敗する

トイレの窓際には、

年末年始もお盆もずっと飾られつづけている

クリスマスの置き物。

ふりつもった埃は、雪化粧のように

みえなくもない。

 

キッチンの洗いかごには、

たいてい生ゴミのあふれた

スーパーのゴミ袋がドカンとおかれ、

そこに密接して洗ったばかりのコップが

躊躇なくふせられる。

 

炊飯器の蓋側の部分は、

たぶん年2回の帰省時に

私がこっそり洗うとき以外

取り外されたことはないだろう。

 

からしをとってくれ、

と夫に言われ、

パンパンの冷蔵庫から探り当てると、

賞味期限は2年前。

「おかあさん、さすがにこれは捨ててもいいですかー」

ってきくと、

「あら、一昨日たべたけどなんともなかったわよ」

と、ケロッとこたえる義母。

 

「2日もだすのわすれてつかりすぎたわー」

と、義母が庭の物置きのぬか床から

きゅうりのぬか漬けをだしてくる。

一本ぼとっと地面に落ち、

すぐに拾って、庭の水道でかるくぬらし、

「はい、これもう洗ったからそのまま切って」

と勝手口からさしだしてくる。

私は、はーい、と受けとって

ささっと洗いなおしてから切る。

 

ゴミ置きと併用化されている洗いかごを洗ったり、

しれっとシンクをみがいてみたりしていると、

勝手口から入ってきた義母が、

これも切って、これもあけて、

と次から次に

いろんな食べ物を放り投げてくる。

「まだ前のが残ってますよ」

とあけるのをためらうと、

「あら、そう?」

と、義母はちゃっちゃかやってきて、

自分で新しい封をあける。

 

翌朝には、冷蔵庫の中で、

古い漬物と新しい漬物が、

切ってまもない蒲鉾と

いつ切ったのか分からない蒲鉾が、

作りたてだった揚げ物のあまりと

干からびすぎた揚げ物のあまりが、

同じ器の中で同居している。

 

私は潔癖症でないし、

テキトウっぷりは

なかなかのレベルだと思っている。

とはいえ、ここにくると惨敗する。

義母の豪快さにはかなわない^^;

 

義母がつかりすぎたというぬか漬けを

私は気に入ってぼりぼり食べる。

たくさんあるので夜に食べようと

ラップをして置いていたのに、

「ぬか漬け新しいの漬かってるから切って。

 朝の捨てたから」

と、義母がまた新たな胡瓜を運んでくる。

みると、確かに、朝のぬか漬けが

ドバっとゴミ袋の中に。

「もう、どうして捨てたんですかー。

 私、好きだったのに」

ぷりぷり怒りながら、

私は新しいぬか漬けを受け取る。

 

賞味期限2年前のからしは、

けっきょく義母の許可はないまま

捨ててしまったけど、

きっと気がつかないだろう。

在庫はあっちゃこっちゃにころがっているから。

 

バーベキューの終盤に、

プレゼントと色紙と一緒に

孫たちが抱えて渡した大きな花束に、

義母はぼろぼろ涙をながして

喜んでくれた。

 

翌朝、バケツに豪快につきささった花束を

嬉しそうに写真にとっていた義母。

「おかあさん、大きな花瓶ありますか?」

ときくと、

「確かあったのよー」

と、どこかに行き、

埃まみれの重い花瓶を抱えてもどってくる。

 

花瓶にさした花束を

「あら、いいじゃない。

 これ高級だからこのままでも長持ちするわよね」

と義母。

「どうでしょうね」

と私。

水をかえるのは大変そうだけど、

どうなんだろうか。。。

 

花瓶にささった花束には

カメラをむけない義母。私も。