asaの足あと

何気ない暮らしと、その中で、日々こぼれ落ちるささやかな幸せと小さな痛みをそっと静かに残すように、このブログをしたためています。

凛としていたいと思う

あまりよろしくない事態に陥ったとき、

とっさに誰かのせいにしたくなる。

「誰か」が見当たらないときには、

あわてて今度は「何か」をさがす。

 

たとえ誰かや何かのせいだとしても

起こってしまった事態にはなんら変わりなくて、

打開策もそこにはなかったりもして、

おかしな思考回路にとらわれてしまった自分に

げんなりする。

 

また、「誰か」の矢を向けられることもあり、

その相手が、

実に涼しい顔で責任逃れをしていたりすると、

どうにもはらわたが煮えくり返る。

いい人ぶってずる賢いんだから、と

いつまでたっても気持ちがざわざわしているのは、

自分の中にも同じところがあるからなんだろう。

 

 

娘もまた、上手くいかなかったあれやこれやを、

人やもののせいによくする。

 

ママがこうしたから。

パパがこうしなかったから。

あれがたりなかったから。 

 

矛盾をていねいに指摘してみるのだけど、

必死に自分を守ろうとする最中には、

その声は耳にはいらない。

どうしてわかってくれないのだと

泣き叫び、わめき、さんざんじたばたしたあとで、

娘はふっと落ち着きをとりもどし、

つんつんと私のおなかをつっつきにくる。

ニコッと笑うと、

涙でびちょびちょの頬をニカッとほころばす。

まだまだ可愛らしいもんだ、

と、胸をなでおろしながらも、

娘にみせる自分の背中の重みにおののく。

 

娘に恥じることのない私でいたいものだ。

いつも凛としていたい。

 

 

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