asaの足あと

何気ない暮らしと、その中で、日々こぼれ落ちるささやかな幸せと小さな痛みをそっと静かに残すように、このブログをしたためています。

小学生に媚びを売る

待ち合わせというよりも
まるで待ち伏せみたいだ。
 
小学1年生の娘の登校のこと。
 
7時35分にマンションを出発する
ママ友の娘ちゃんとその仲間たち。
うちはそのマンションから少しはなれているけど、
途中から同じ通学路になるため、
彼女たちの通学路の途中で待ち伏せて、
合流する。
 
入学式よりひとあし早くはじまった学童は
小学校よりも開所が遅くて、
娘の出発を待っていたら、
私の出勤に間に合わない。
育休時代に交流のあったママ友の娘さんが
同じ学童に行くことを知り、
何年ぶりかに連絡をとったうえ、
すっかり甘えさせてもらい、
彼女のマンションまで娘を送りとどけ、
そのマンションの学童グループにまぜてもらっていた。
 
その流れで、学校がはじまってからも
一緒に登校しているのだ。
 
春休みと違って、出勤に間に合わないという
特別な事情があるわけでもないので
通学路に反してマンションまで送っていくわけにもいかず、
待ち合わせは、それぞれの通学路の
ちょうど交わる地点。
 
道端。
 
春先はまだ寒く、足踏みしながら待ち、
ここ数日はもうすっかり初夏の太陽が頬をつきさす。
 
携帯も持っていない子どもたちを
携帯も持っていない娘がひとり
道端で待つのはあまりにも心もとないだろうと、
一緒に行って、一緒に待つ。
 
彼女たちがマンションを出発する時間より
少しはやめにうちをでて、
少しながめにそこで待つ。
 
おいて行かれるのが不安なようで、
娘はいつも私を急かす。
 
「だいじょうぶだよ。はやくでても待つ時間が長くなるだけだよ」
と言っても、娘はちゃっちゃと靴をはき、
急ぎ足でそこに向かい、
なかなか来ない子どもたちを待ちながら、
「もしかしてもう行っちゃったんかなぁ」
と笑顔の奥に不安をにじませる。
 
やがて、視界の中に彼女たちの姿をみつけ、
娘はあきらかにほっと安心しているのに、
目の前にきたとたん、
きゅっと表情をこわばらせ、
「おはよう」の声さえ出せずに
そうっと最後列に紛れ込む。
 
彼女たちは、娘にとって友だちではなくて、
私のママ友の子どもとその仲間たち。
もう1か月以上たつというのに、
まだ人見知りをしているのだ。
 
私は、リーダー格の男の子にちょっかいをだし、
娘と同じ年の娘ちゃんに他愛もない質問をし、
腕白坊主たちの半そで半ズボン姿を褒めたたえ・・・
と、やけに饒舌になる。
 
上司には媚をうらないけど、
小学生に媚をうる。。。
 
昨日はダジャレ合戦をしていた子どもたち。
「ネコがねこむ」とか
「サルがさる」とか
言っているところに、
私は「はいはいはーい」と手をあげて、
「ふとんがふっとんだー」と大声をあげる。
「とっくに出てるわぁ」と
リーダー少年につっこまれ、
「あっ、やっぱり?」と頭をかきながら
ふっと娘をみる。
娘はやっぱりこわばったままの顔で、
ぎゅっと水筒の紐をもって、
のそのそと歩を進めている。
 
1分ほどで歩けそうな道を
3分くらいかけてだらだら歩く子どもたち。
媚をうりつづけながら一緒に歩き、交差点で、
「じゃあね、いってらっしゃーい」と、
私は別の道に進む。
 
何人かが手をふりかえしてくれるけど、
娘はこっちをふりむこうともしない。
 
しょぼんと小さくなっていく娘の後ろ姿。
ランドセルだけがやけに大きく、
私は少しの間それを見送ったあと、
駅に向かって駆けだす。
 
「そろそろひとりで学校行ってもいいんだよ?」
と言っても、娘はやっぱり
いつものグループと行きたい、という。
 
ちっともしゃべらない、
ちっとも笑わないくせに、
へーんなの。
 
と、思いながらも、
毎朝、早めに家をでて、
道端でどうでもいい会話をしながら、待つ。
 
今日はどんな媚をうろうかしら。
なぞなぞでも考えておこうか。
何を言ったら、ウケるだろうか。
せっかくだから
娘も一緒に笑ってくれたらいいのに。。。
 
このちっぽけなストレスが
実はおっきな幸せであること。
いつか、きっと何年も先に思い出して、
しみじみ感じるんだろうなぁ。