asaの足あと

何気ない暮らしと、その中で、日々こぼれ落ちるささやかな幸せと小さな痛みをそっと静かに残すように、このブログをしたためています。

ねぎを刻む

若い頃、「ねぎを刻む」という

江國香織の短編小説が好きだった。

ふとおしよせてくる孤独な夜に、

こまかくこまかくねぎを刻む話。

泣きながら、一心不乱にねぎを刻む。

 

日曜日、新タマネギを切りながら泣けてきた。

目にしみたわけではなく、

哀しかったわけでもなく、

孤独がおしよせてきたわけでもないのに。

泣きながら、切った新タマネギを鍋に放り込み、

味噌汁をつくっていると、

熱をだして寝こんでいた娘が

のそのそとやってきた。

娘は不思議そうに私をみて、

「ママなんで泣いてるの?」

ときいてくる。

「あぁ、玉ネギ切っててん」

「目にしみたん?」

「そうそう」

「。。。ねぇ、しんどいのなおったよ」

………

 

強いなぁ、娘。

そして優しい。。。

まだ熱っぽい顔してるくせに。

 

私はここのところ続いていた

ひどいめまいは減ってきたけど、

ずっと船酔いしてるみたいに気分がわるい。

そのくせ、食べるとちょっと元気になる。

 

家でも会社でも帰り道でも、

突如、体力の限界を感じ、うずくまりたくなる。

能力もなければ体力もない、

なんにもないなぁ、、、と

途方に暮れていたら泣けてきた。

 

大好きな新タマネギの味噌汁に、

さらにどっさり刻んだねぎを入れる。

ねぎまみれの味噌汁。

ズボラな私は細かくは刻めない。

一心不乱にもなれやしない。

もやもやもやもや抜け道をさがしながら、

新玉ネギを切り、ねぎを刻む。

刻みながらも、さがしつづける。

刻んで、さがして、刻んで、さがして、

 

つきさす。

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根っこの部分を

ベランダにテキトウに置かれたプランターに、

ガバッとつきさす。

 

あまりにもテキトウすぎやしないか。

どうしてうちの土はこんなに小石がまざっているのか。

それでもやがて、

にょきにょきにょきっとのびてくる。

もっともっとのびてくる。

 

そのうち、抜け道もみつかるだろう。

 

失われたように思える体力も、

38年間みつけられなかった能力も、

にょきにょきにょきっと芽をだして

やがてのびてくるかもしれない。