asaの足あと

何気ない暮らしと、その中で、日々こぼれ落ちるささやかな幸せと小さな痛みをそっと静かに残すように、このブログをしたためています。

不安があふれた社会で安堵をおぼえる

​目に見えない圧力でだれかを縛りつけたり、
周りの人をグサグサ傷つけたり、
だれかのそういう態度にふれたとき、
げんなりする反面
ほっとしたりする時もする。
 
ああ、この人も余裕がないんだな。
いっぱいいっぱいなんだな。
しんどいんだな。
不器用なんだな。
未熟なんだな。
なーんだ、私と一緒じゃないか。
・・・と、
おかしな仲間意識をほんのり抱き、
へんな話だけど、ちょっとほっとするのだ。
 
たぶん私がいっぱい人を傷つけてきたからかな。
なぜか何もかもが敵みたいにみえていたころ、
ずいぶんトゲトゲととんがっていて、
いろんなひとを傷つけた。
本当にひどい人間だったと思うけど、
どうにもこうにもいっぱいいっぱいで
トゲトゲを剥き出しにせずにはいられなかった。
 
だから今、同じような態度をとっている人をみると
「うっひょひょーい」と、心の中でとびはねる。
ここにも同志がいた。
だよね、だよね、人にあたりちらしたくもなるよね、
苦しいんだよね、甘えてるんだよね
と、にんまり笑う。
 
もちろん、そんなふうに思えずに
ただただ憎々しかったり、
ただただ疲弊したり、
5倍くらいにしてはね返してしまうこともあるのだけど。
 
今もまだまだトゲトゲしてて、
正確はねじくりまがったまんまだな。
 
 
春。
 
変化の春。
いろんなことが変わり、
不安がむくむくとわきあがる。
そして、入ってくるきりきりした声に、
ぴりぴりした噂話に、しばし息をとめたあと、
「うっひょひょーい」
と心の中で叫ぶ。
うっひょひょーい、心に余裕がない人がここにもいる。
 
ぴりぴりしたひと、
きりきりしたひと、
ぼんやりしてるようにみえるひと
一見イキイキしてるようなのに小さな意地悪を発するひと。
 
不安がうじょうじょとあふれた社内で、社会で、
なーんだ、私だけじゃないんだと、
息苦しさと同時に安堵をおぼえる。