asaの足あと

何気ない暮らしと、その中で、日々こぼれ落ちるささやかな幸せと小さな痛みをそっと静かに残すように、このブログをしたためています。

充足感をひけらかす

心がぼろぼろに疲弊した友人から
メールの返信がきた。
 
こんなにも毒を吐けるひとだったんだと、
少しの驚きのあとで、安堵もする。
こんな本音をひけらかしてくれるなんて、
ありがたいなぁと。
 
「人なんてけっきょくは自分のことだけ」
と友人は毒づく。
自分がいちばんではあるけれど、
自分のことだけ、ってのは言い過ぎかも、
と今の私は思える。
恵まれてるからかな。
 
「人より優位にたちたいだけ」
とさらにつづく冷えきった言葉に、うんうんと同感。
多くの人は優位性をさりげなくひけらかす。
職場でもプライベートでも、
無意識のマウンティングははびこっている、
とつくづく思う。
もちろんそれは私も含めて。
 
「自分の充実を見せたいだけ」
と、つづくその言葉に苦笑する。
確かに、心が満ち足りたときには
これでもかってほど見せびらかしたくなる。
でも、それって悪いこと?と首をかしげる
 
束の間の充足感を、
だれもかれもに放出したくなる。
まさに、ブログをはじめたときの私みたい。
なんでもないささやかな毎日にふいに幸せを感じたとき、
無性にそれを発信したくなった。
そして、意味不明の不調から抜け出した道のりを
できればだれかの道しるべにしてもらえれば、
私も今よりちょっといい感じの
「何者か」になれる気がした。
結局、道のりは上手に描けずに、
何者にもなれなかったけど。
 
充実は、見せびらかしあって、
分けあって、さらに広げあえれば
いちばんいい気がする。
 
不安や悲しみもまた、時に発信することで、
自分だけではなく、
同じように苦しむだれかの支えやヒントに
きっとなるような気がしている。
 
そんなこんなを友人に伝えたくなったけど、
私の中だけのちっぽけな答えも、
今は、彼女を苦しめるだけなんだろう。
 
だから私は、くだらない返信をする。
 
「春とはいえ、まだ冷えるからさー、
 実は腹巻きまいてんねん。
 酒粕で甘酒つくるから飲みにこない?」
 
もちろん友人から返信はない。
 
今、どうしてるんだろうか。
ごはんはおいしく食べれてるのかな。
夜はぐっすり眠れてるのかな。
酒粕とハチミツでテキトウにつくる
オリジナル甘酒を魔法瓶にいれて、
できれば届けに行きたいのだけど。。。