asaの足あと

何気ない暮らしと、その中で、日々こぼれ落ちるささやかな幸せと小さな痛みをそっと静かに残すように、このブログをしたためています。

悪女をわずらう

10代の終わりごろから数年間
『悪女』をわずらっていました。
悪女といっても、多くの男性を惑わすいい女
ってわけでは決してなくて、
ただただ、性格の悪い女。
 
何の因果か、好意を寄せてくれる
同じ年の男の子がいて、
私もとてもとても好きだったのだけど、
その好意があまりにもまっすぐで、優しくて、
それでいて揺らぎないもんだから、
おろかな私は、どんどんどんどん
調子にのってしまったのです。
 
もっと好きでいてほしい、
もっと楽しませてほしい、
もっとちゃんと分かってほしい、
言わなくても気づいてほしい・・・
はちゃめちゃな願望を次から次へと投げかけて、
なぜかいつもどこか満たされない心さえも
どうして埋めてくれないの?
と彼のせいにしました。
 
彼は私のどんなわがままも受け止めて、
精一杯かなえようとしてくれて、
子どもみたいに「好き好き」とくっついてきて、
私はそれをうっとおしいと
はらいのけもしました。
それにもめげず、なお、くっついてくる彼。
 
もはやこの「好き」は
ずっと注がれ続けるものだと、
すっかり勘違いしてしまった私は、
もっときらきらしたもんはないかしら、と
遠く彼方をみたりしていました。
 
ある日、ぽんっと風船がわれるように、
彼の「好き」もはれつしました。
 
当然です。。。
 
あたりまえだと思っていた愛情は、
あたりまえのものではなかった。
そんなあたりまえのことさえも
私はすっかり見失っていたのです。
彼に甘えすぎて。
 
今も、ときどきひょこっと夢にでてくる彼には、
無邪気にくっついてきてくれたあの笑顔はなく、
別れ際の冷たい大人の表情。。。
目覚めたときのせつなさときたら ( ̄∇ ̄; 
 
 
あたりまえなんてものはありはしない、
と、今の私は思っています。
それは、たとえ、親と子の間であっても。
 
毎日めいっぱいの「大好き」をたえまなくくれる娘に、
私はすっかり甘えてしまっているけど、
これだって、あたりまえとは絶対いえない
と、ひそかに思っていて・・・・
 
なんとなく覚束ない心のやり場を
すぐにきょろきょろさがしてしまう私は、
本当に大事なものから目をはなしてしまいかねない。
 
きょろきょろするのもほどほどにしなきゃなぁと、
愛おしすぎる娘の寝顔を見ながら、
よく思うのです。
 
 
 
娘からもらった手紙。
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それにしても本当に、めいっぱいだなぁ。。。