asaの足あと

何気ない暮らしと、その中で、日々こぼれ落ちるささやかな幸せと小さな痛みをそっと静かに残すように、このブログをしたためています。

帰省3日目 義実家で実家の母を思い浮かべる

帰省3日目の昨日、

ひと足先に帰省していた従妹達が、

ひと足先に自宅に帰って行きました。

 

急に子どもひとりになった娘は、

ぽつん・・・

とするだろうな、と心配していたけれど、

意外にも上機嫌で、覚えたてのトランプの手品を

何度も何度も披露してくれました。

 

お昼ごはんに流しそうめん

親戚のおばさんの手づくりおはぎ。

 

夕方、夜ごはんの準備をしていると、

ご近所のおばちゃんが、

「ポテトサラダつくったよー。ぶどうも持ってきたから食べて」

と、勝手口から入ってきて、

私の手から包丁を奪い取り、

ぺちゃくちゃ喋りながら私が切っていた野菜を切りだします。

 

飽食すぎたこの数日、

今日はあるものだけでちゃちゃちゃっと、

と思っていたのに、

またまたもりだくさんの食卓となりました。

胃袋が悲鳴をあげています(^-^;

 

義実家は、私が育ってきた環境とは正反対。

あたり一面、田んぼと畑だらけの田舎のなか、

ゆったりと建つ古くて大きな家。

あちこちボロがでてきて、実際には、

整理しないといけない問題の方が多かったりもするのだけど、

娘にとってはお城のようなのか、(決して豪邸ではないのだけど)

何度も「なんで、ばぁばの家はこんなに広いの?」

と言いながら、走り回っています。

古くて小さなマンションで育ってきた私は、

静かに歩かないと下の階の人に響くから、と

家の中では走るどころか、

バタバタ足音をたてることさえ咎められていました。

他はなんにも咎められない自由奔放すぎる家でした。

 

親戚も少なめで、小さな家族で育ってきた私にとって、

ご近所さんまで家族みたいな義実家は、別の世界のようで、

はじめは違和感さえおぼえました。

 

あれ?とひっかかる価値観の違い、

んんん?と思う言葉のすれ違い、

なぬ?と眉をひそめずにいられない心の行き違い。

だけど、それらもすべてひっくるめて、

ここに私の居場所は確かにあって、

違和感こそあったものの、疎外感は感じたことはなく。

 

小さな奇跡みたいな話だけど、

ここは、私が子どもの頃に

はげしく焦がれた世界だったりもするのです。

 

その世界の中、きゃっきゃきゃっきゃと歓声をあげる娘。

まぶしいなぁ。。。

 

限られた夏季休暇。

いつも遠方の義実家への滞在でほぼ終わってしまい、

私の母の元にはなかなか行けません。

夫側の田舎のおじいちゃんおばあちゃん、

私側の都会のおばあちゃん、

娘はどちらも大好きなのですが、

泊まりに行くとなると、田舎の大きなおばあちゃんちが楽しいようで、

いつも、複雑な気持ちになります。

  

「ごめん。ラストの一泊泊まりに行こうと思えば行けるけど、ちょっと体力が・・・」

「うんうん、わかってる。またこっちから会いに行くわ」

とケロッとしている母。

このケロッに、あなたの本当の気持ちはどこなのよ、と苛立ちを覚えたことさえあったけれど、

きっとケロッこそが母の本音なんだと、ようやくまっすぐ受け止められるようになりました。

  

べつの世界に焦がれながらも

いつも母に見守れていた子ども時代。

そこにも、また胸がキュンとなる夏の思い出は散らばっていて・・・

 

秋になったら、有休とって会いに行きます。