幸せ朝じかん〜暮らしと心、眠りと体をととのえる〜

昨年の春から秋にかけて、半年ほど続いた原因不明の体調不良から抜け出し、何気ない暮らしに幸せを感じる毎日。せっかくだから、そんなささやかな日々をつづります。そして、まだまだぐっすり眠れるようになりたいし、もっともっと元気になりたい!このブログとともに、眠りと体と心を整えていきます。

育休明けのトンネルを振り返る

育休が明けて仕事復帰をした頃のことを書こうとしたら、私にしては、ずいぶん長い文章になりました。

いつも読んでくださっている読者の方に、まず一言。

がんばって目を通そうなんて思わずに、興味ないなと思ったら、もちろん迷わずスルーしてくださいね(^_^;)

 

さて、はじまり。

 

4年前の4月、4ヶ月間の待機期間を経て、娘が乳児保育所に入園しました。
ならし保育期間の数週間を終えたら、いよいよ育休は終わり。

ならし保育は、初日の数時間からはじめ、日ごとに少しずつ時間を増やしていくかたち。

毎朝、保育園の入り口で、私の胸にしがみつき泣き叫んでいた娘に、私の方こそが、心のどこかで、しがみついていたように思います。

娘がはじめて私の腕から担任の先生の腕に自分からとびこんで行った日、私は、つかの間途方に暮れ、その後、肩の力がすとーんと抜け落ちました。

そこにあったのは安堵ではなく、淋しさと空虚感。
そして、ああ、もうじたばたできないんだ、という諦めにも近い感情。

それまで私は、仕事復帰に怖気づき、じたばたしていたのです。

仕事の仕方なんてすっかり忘れてしまったし、ちゃんと働けるのだろうか。

家の事は、どうやってまわしていけばいいんだろう。

そもそも、娘と四六時中一緒の毎日は大変でしんどかったけど、半日はなれて暮らすなんて、想像もできない。


スマホで「仕事復帰」と検索してみたり、「ワーママ タイムスケジュール」と検索してみたり。
そんなことをしながらも、心の片隅で、娘が泣き続け、ならし保育が終わらなければいいのに・・・と、思ってしまっていたのです。

保育所に入れずに困っている方が多くいるなか、とても口にだして言えるようなことではないのですが、それが私の本当の心のうちでした。

娘が先生の腕にとびこんで行った日、ようやくクローゼットの中の服をひっぱりだして、仕事に着ていく格好を、鏡の前でコーディネートしてみました。
「あっ、意外にいける」なんて鼻歌がもれてきて、ようやく、少しふんぎりがついた時でした。


実際に、復帰後の日々は、私にとっては、想像以上に過酷でした。

ドアtoドアで50分の通勤だけでもくたびれ、育休中まったく触ることのなかったPCという機器にモタモタし、周囲の声がやけに早口に感じ、指示や報告がききとず・・・。

実際にはあたたかい人たちにも囲まれていたはずなのに、育休前とはガラッと態度の変わった同僚の言動に、いちいち傷ついたりもしました。
でも、それはきっと育休前の私の言動が跳ね返ってきてるだけなんだろう、そんなふうに思っていました。

家に帰ったら、ほぼ泣いている娘と、それにイラつく夫。

休む場所がない、居場所がない。そう思いました。

ただただ、目の前のことをがむしゃらにこなしていくしかない。

ただただ、立ち止まることなく走り続けるしかない。

そうしていくうちに、きっと何かがみえてくるはず。

出口のないトンネルの中を、体力もないのにひたすら走り続けているみたいで、いつもぜぇぜぇ息切れした状態で、体重もずいぶん減りました。

そして、走り続けていくうちに、気がつけば、私はトンネルを抜け出していました。

体がなれてきたからなのか、頭が少しは追いついてきたからなのか、娘が成長したからなのか、夫が少しは変わってきたからなのか、理由も過程も今となっては分からないけど、気がついたら、抜け出していました。
体重もしっかり元通り。

 

18時、会社のPCをシャットダウンして、席を立ち上がります。
周りはまだ、カタコトPCを打ったり、内線で話したり。
定時で帰るのに早退をするような罪悪感は、ほぼ捨て去りました。
繁忙シーズンにはまた湧き上がってくるものの。。。

 

帰りの電車の中でいつもしていた「帰宅後の晩ごはんの準備のシミュレーション」もやめました。

電車の中は、ぼーっとしたり、本を読んだり、自分の時間に。電車をおりてから、スイッチオン。

帰宅後、小さな子どもにとってはちょっと遅い時間の晩ごはん、いかに少しでも早く食べ始められるか。時間との闘いです。

そんな、夜のドタバタ家事も、「定番の時短手抜き料理」と「作り置き」のおかげで、今では、ちょちょいのちょいとお手の物!とまでは残念ながらいかないまでも、それなりに肩の力をぬいてできるようになりました。

 

そして、時間がない、時間がない、といつも嘆いていたけれど、起床時間を5時から4時に早めてから、早朝の静かな時に自分の時間をもつことができ、心に余裕が生まれました。

 

そんなこんなで、育休明けのトンネルは抜け出したものの、他にもやっぱりいろんなトンネルがあって、今は、別のトンネルに迷い込んだり、抜け出したり、を繰り返しています。

たとえば、仕事をしていなかったり、なにか他の事をしていたとしても、そこにはまた別のトンネルがあって、闇の中をさまよっていたと思います。

私の性分なのか、すぐに難しく考えて、自分でつくりあげてしまう、心の中のトンネル。

 

だけど、どんなトンネルにも、絶対出口はあって、分からないときには、とりあえずまっすぐ進んでいれば、いつかは抜け出せる。

そして、トンネルの向こうには、何かがあって、光がさす道が続いてる。

大丈夫だよって、4年前のじたばたしていた私に教えてあげたい。


さらには、もっともっと不器用だった10代や20代の頃の私にも教えてあげたい。


もしこの春、仕事復帰や、新しいことや、なにかに、じたばたしていたり、トンネルに迷いこんでしまってぜぇぜぇしている方がいたら、大丈夫だよ、って声をかけたい。

 

なんておこがましくも思ってしまい、長々と大げさに連ねてしまったけれど、仕事復帰をすいっと乗り越えている方や、楽しんでいる人ももちろんいて。
だから、こわがらなくても、じたばたしなくても、きっと絶対、だいじょうぶ。って、やっぱり伝えたい。

 

昨日、金曜日の晩ごはん。

超時短リゾットとサラダ。
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平日の晩は、品数もレパートリーも減らしていって、さらに気持ちが軽くなったこの頃。

焦りながら苦しい顔で準備したたくさんのおかずより、おだやかな気分で準備して笑顔で食べはじめる代わり映えのないごはんの方が、ずっとずっとごちそうだって、最近しみじみ感じました。